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「どうした! 貴様らの力はそんなものなのか!!」
戦闘の刃音が響く中、レイナスの耳に透き通るような怒声が入ってきた。「どうやら貴様ら、日頃の鍛錬を怠っていたようだな!! 明日から覚悟しておけ!!」
言葉をそのまま取ればただの罵声だが、しかし、これは士気を鼓舞するもの。明日がある――今日を乗り切れという激励に他ならない。ただ、実際に明日を思うと士気が下がりそうな所が難点である。「レイラ大佐!!」
「遅い! 貴様ら一体何をやっていた!!」
「す、すみません!! 第一、第三騎艇小隊、ただいま着任しました!」
レイナスは直立して敬礼する。だいぶ急いだつもりだったのだが、意にそぐわなかった様子。いや、それだけ現状が切羽詰まっている証拠なのか。「大佐、現在の状況は?」
「最悪……の一歩手前といったところだな」
見ろ、とレイラは空を指差した。当然、漆黒の空が広がるだけで何もない。そう思ったところでレイナスは気づく。闇に紛れて「魔獣、ですか……」
怪鳥とも呼べそうな異形の魔獣。それが空を何十体も飛んでいる。「どうやら、辺りの空域に生息する魔獣までもが暴れているらしい」
それが後続の魔獣。空域となると魔獣の数はほぼ無限に等しい。そんな数が押し寄せてしまえば、たちまちこの浮島は彼らに「では、俺たちも早く……」
「いや、待て」
レイラは空を見上げながら、眉をひそめて、「……状況が変わったようだ」
「?」
首を傾げるレイナスを捨て置いて、レイラは視線を移した。つられてそちらに目を向けると、一人の兵士がこちらに向かって走ってくるのが見えた。「レイラ大佐! 伝令です!」
「報告しろ」
兵士は背筋を伸ばすと、肩で息をしながら、「観測班からの連絡です! この高原の奥の森から魔獣の群れが向かって来ているようです!」
「……数は?」
「推定で、百体以上とのことです……」
震えるような兵士の声に、レイナスは唇を引き締めた。(不味いな。ただでさえ、数に押されているというのに……)
その思いを見透かしたように、「レイナス、貴様、現状を理解できていないようだな」
「え?」
レイラは再度レイナスを捨て置き、「貴様、他に報告することがあるな?」
「は、はい!」
なぜ分かる、とそんな顔をしながら、兵士は言葉を紡ぐ。「空から来ている魔獣ですが、どうやら近くを通った『便利屋』が間引いているようで……」
便利屋。レイナスも知っているそれは、いわゆる何でも屋だった。物捜し、人捜し、荷物の運搬、他にも魔獣狩りなどどのような仕事でも請け負うという。遥か昔、似たような職業にギルドというものがあったらしいが、それをもっと市民に寄った――「市民のため」を信条にしたものだと誰かから聞いていた。(いや、何にせよ、これはありがたいことだ)
そう思ったのはレイナスだけではなかった。「ここらは厳戒空域、通ってはいけないはずなのだがな……」
レイラは呆れたように言う。でも確かに口許には笑みが浮かんでいた。「やることは決まった! ロナード!」
彼女は身体の向きを変え、「貴様の隊はレイナスの部隊の兵を編入し、各所に展開している魔獣の
「はッ!」
ロナードは敬礼し、すぐに動き始めた。それを目で追うレイナスに向かってレイラは、「貴様は私についてこい! セントミラの兵を連れて、森から来る魔獣の掃討に向かうぞ!!」
「はッ! ――ですが、何故俺だけ?」
当然の疑問。しかし、その答えもまた、当然のものだった。「貴様は『ゲート』が使えるのだろう?」
そういうことか、とレイナスはうなずいた。「急ぐぞ! 森から出られたら厄介だ!! その前に片付ける!!」
「了解しました!」
先に歩き出したレイラの背中をレイナスは追いかけた。「総員、停止!」
月明かりさえ届かない暗闇そのもののような森を前にして、レイラが声を張り上げた。「ここで迎え撃つ!
「総員、準備!!」
レイラの声が地響きよりも身体を震わせる。レイナスは彼女の横で、懐から数枚の札――カードを取り出した。「まだだぞ! まだ撃つな!!」
兵士たちの緊張を看取し、レイラは声を上げる。「総員、放て!!」
ため込まれた緊張を解き放つように、レイナスたちは「ゲート」を展開した。「状況終了!」
レイラの掛け声と共に、歓声が上がる。「――――ッ!!」
空から怪鳥のような魔獣の爪がレイナスに迫る。ぎりぎりまで引きつけて、小さなバックステップでそれを避ける。できた隙を突いて反撃に転じた。右手の剣を(今のが最後か……)
レイナスは安堵して、もう一度大きく呼吸をすると、「第一騎艇小隊、集合!」
号令を聞いた隊員たちがレイナスの元に集まってくる。「持ち場の魔獣は全て片付けた! これより本営に戻り状況を知らせる! だが油断はするなよ! 周囲を警戒しつつ、魔獣を発見次第、確実に仕留めるんだ! いいな!?」
「了解しましたッ!」
「移動開始だ!」
レイナスを先頭に、一団はレイラが待つ本営に向かった。(どうやら他の部隊も完了したみたいだな。これで作戦も終わりか……)
本当にそうだろうか――ゆるんだ思考の直後、そんな考えが頭に浮かんできた。(何を不安に思っているんだ、俺は……)
分からないが、どことなく違和感を覚えていた。(……? どこに行ったんだ?)
見れば他の隊の隊長も同じようにさ迷っていた。ここでレイナスはやっと疑問を持ち、答えを得た。何故、戦闘が終わったのに部隊が解散せずに残っているのか。報告すべき上官がいないため、判断に困っているのだ。「レイナス」
呼ばれて振り返れば、そこにはロナードがいた。「ロナード。レイラ大佐がどこにいるか知っているか?」
「……詳しくは分からない。だが、どうやらドモラ准将と格納庫へ向かったらしい」
「格納庫って、エアシップの?」
何故、今、そんなところに行ったのか。魔獣が発生したというのなら、部隊を連れて行かないのも変だ。では、何か他の理由で向かったということになるが。「それよりもレイナス、話がある」
改まって話題を変えるロナード。レイナスは不思議に思い、「何だ?」
「これを見るんだ」
ロナードは軍服の「これ、どうしたんだ? お前、こんなもの持つ趣味はなかったよな……?」
「……お前は馬鹿だな」
見事に吐き捨てられた。「これはつい先程、俺の部隊の人間が見つけてきたものだ。草木に隠れるようにいくつか落ちていたらしい」
「……でもそれがどうしたんだ?」
「分からないのか? よく見ろ」
よく見たところで、やはり分からないものは分からない。「……座学をおろそかにするからだ」
士官学校時代のことを言っているようだ。レイナスは苦笑いで受け流しながら考えていた。(だから見たことがある気がしたのか……)
ならば、これはただの石ではない。そう、この独特な色合いの宝石は、確か――「これは魔獣のアメシストだ」
ロナードに答えを言われ、レイナスは完全に思い出した。「……そうか、これが原因か」
レイナスは思わず呟いていた。(いや、そんなの偶然に決まってるか。問題は……)
そう、問題はそんなところではない。「何故、今日に限って……」
レイナスは戦闘開始時に感じた疑問を、我知らず言葉にしていた。「……! レイナス、すぐに隊をまとめろ」
「何故……?」
何故? 否、それは考えるまでもない。これがもし天然のものだとしたら、偶然こんな日に地上に現れるはずがない。これは人為的に用意された物だ。今回の魔獣の騒動は、今日を狙って誰かが起こしたものに決まっているではないか。「――レイナス!」
確信を得たレイナスたちの元に、ニアが現れた。辺りにいる兵士の合間を縫い、近づいたところでもつれて転びそうになる彼女。「大変よ! 基地が襲撃にあっているみたいなの!」
やはり、とレイナスは思い、ロナードはつぶやいた。