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(王女様ッ……!!)
レイナスは駆け寄りかけたが、「――待て」
肩を「王女は生きている」
声をひそめて断言した。(よかった……)
胸をなで下ろしている間に王女は気を確かにしたようで、「うぅ……」と苦しげな「なんてむごいことを……」
顔を上げて口惜しそうに嘆いた。「すでに彼らは動けない身……殺す必要がどこにあったのですか」
王女は言って、唇をかみしめる。「殺す必要はなかった――それは助かることが前提の話でしょう? 楽にしてあげたのですから、褒められはしろ
「さあ、立てますか?」
男は「流石はカイゼルシュルトの王女。
「私をどうする気なのですか?」
「……」
問に答えず、男が身体の向きを変えようと足を動かした。廊下から様子を窺っていたレイナスはとっさに身体を引いた。気づかれていないか、と息をのんで耳をすませた。「答えなさい」
王女の声が聞こえる。「貴女にはこれから本国に来ていただきます」
男がやや低い声でそう答えた。「ここから連れ出せると思っているのですか?」
「無駄ですよ、王女様。すでにこの基地は制圧済みです。さらに貴国の兵は今、足を止めざるを得ない状況にありますから」
分かりますか――と、男は言った。誰もが沈黙すると、確かに戦闘の「どうやら階下で戦闘が行われていたようですが、すでにそちらは終わっているようですね。私たちと同じく
(油断している……?)
敵は自分たちの作戦が上手くいっていると信じている様子。「さて、行きましょうか? 王女様」
軍靴が石畳を鳴らし始め、音は徐々に近づいてくる。(ここだ……)
敵が出てきたところをねらうしかない。「……私を捕虜にして、どうするつもりなのですか?」
王女が問う。「我が国に降伏しろと脅迫する心づもりなら、やめておいたほうがいいでしょう。無駄なことです。そのような
「王女である貴女の命がかかっていても?」
「命の価値に優劣をつけている時点で間違いです」
「……ふむ、あながちはったりでもないのでしょうね」
男は値踏みするように言い、「それともやはり、ただの
「彼らには何もできませんよ。こうして貴女が私たちの手の中にある以上ね。こちらの言いなりになるしかない」
「……」
「その瞳……揺らぎませんね」
男の声音が変わった。続いて、足音の調子が強くなる。「なら、試してみましょうか? 王女様」
レイナスは場に流れる空気が変わるのを感じた。「……何を」
王女のつぶやき。それに応じて足音が鳴り止む。「そこに隠れている臣下がどう動くのか、確認してみましょう」
男は、こちらに向かって声をあげた。(気づかれている……?)
レイナスは我知らず、唾を飲み込んだ。「おや? 反応なしですか」
これはこれは――と、男はおどけたように笑う。「貴方は先程から何を言っているのですか……?」
男は答えず、「隠れるのはやめて、姿を現したらどうです?」
再度こちらに言葉を投げかけてきた。(やはり、ばれている……?)
だが、ただのはったりである可能性も否めない。「はったりではありませんよ。貴方たちがそこにいることは分かっています」
男は言う。「貴方たち」という複数を表す言葉が、「これでも出てきてくれませんか」
男は、こつんと軍靴で床を鳴らして、「ではこうしましょう。姿を現さないのでしたら、王女を殺します」
はっきりとした口調で宣言した。(……ありえない)
敵の目的は王女をリルガード帝国に連れて行くことのはず。殺しては何の意味もない。「私たちが受けた命令は、王女を捕らえること。ですが、それはあまり重要ではないそうです。何があろうと――少なくとも命は奪えと仰せつかっているんですよ」
(なんだ、それは……)
「さあ、五秒だけ待ちます。あまり気が長い方ではありませんので」
言って、すぐにもカウントダウンをはじめる男。(もし仮に今のがはったりの類ではないとしたら、敵の目的が分からない……)
四。(確かに現在の最高指導者は王女様だ。殺害に意味がないわけではない)
三。(しかし、彼女を殺せば――彼女が殺されれば、カイゼルシュルトは必ず
(はったりかもしれない……だけどッ!!)
「……残念でしたね、王女様。恨むなら、彼らを恨んでください」
男がつまらなそうに言った。(……悪いな、ロナード)
「さようなら、王――」
「――待てッ!!」
レイナスは叫び、姿を晒した。「やっと出てきましたか」
部屋の中央で男が言った。男の片手には「ゲート」を使用するためのカード。まさに力が発動する直前だったらしく、淡い光を帯びていた。向けられた先は、傍らで兵士二人に両腕を掴まれ、「ですが、まだいますよね。出てきてくれますか?」
男は脅すようにカードを揺らした。「……ロナード」
レイナスが言うと、ロナードが無言で出てくる。「……何故、俺たちがいることが分かった?」
ロナードが男に問うた。すると男はカードを持っていない方の手で長髪を「いえね、そこの扉に盗聴器を仕掛けていたのですが、取り忘れていまして」
髪に隠されていた耳には小型の受信機がついていた。「『待て。王女は生きている』。よく聞こえましたよ、貴方の声が」
それはロナードがレイナスを止めようと発したもの。その言葉を聞けば、二人以上いることが分かるだろう。(だけど何故、盗聴器が……)
仮に敵が取り付けたのだとしたら。考えられるのは、王女がここに(そうか……それも
「さて、お二人とも。武器をこちらに投げてくれますか? くれぐれも妙な
「待ちなさい」
王女が顔を上げて制止した。「卑劣な人間に屈してはなりません、二人共」
「王女様……」
「脅迫に応じてはならないのです。私はどうなろうと構いません」
「ですが……」
「レイナス、ロナード」
王女は二人の名前を――覚えていたのか――呼んだ。「このままでは、私はリルガードに連れて行かれます。敵の捕虜になり、カイゼルシュルトに害をなすようなことは
「そんなに早死にしたいのですか? 王女様は」
男はせせら笑った。「どうします? 王女様と私、どちらの命に従うのですか?」
「そんなの……」
レイナスは両手の剣を強く握り締めた。(どうすればいい?)
王女の命に従って、敵を討つ。だが、この距離だ。どうやっても王女は先に殺されるだろう。(王女様を見捨てる……?)
そんなこと、できるわけがなかった。「……申し訳ございません」
レイナスは両手の剣を、ロナードは一振りの剣を敵に向かって放った。男の目の前に三本の剣は落ち、からんと静かな音を立てた。「ああ……」
王女の落胆したような瞳が、心に突き刺さる。「拾ってください」
男は満足げに笑うと、部下であろう兵士二人に命ずる。片方の兵士が王女から離れて剣を拾い、もう片方の兵士は王女を引き上げるようにして強引に立たせた。「どうですか? 王女様。やはり彼らは私たちの言いなりになったでしょう?」
「……」
王女は無言で男をにらんだ。「ふふふ、それでも変わりませんか。流石ですね」
男はカードをかざしていた手をやおら動かし、レイナスたちに向けて、「貴女のために次々と臣下が殺されていけば、心変わりもするでしょうか」
「やめなさいッ!!」
王女の言葉に反して、男が持つカードは光を強めていく。(このまま、やられるしかないのか……?)
レイナスは思う。まだ戦う術はあった。しかし、いずれにせよ、王女が(また俺は、救うことができないのか……ッ)
レイナスは強く「さようなら」
男が言うと、カードが一際強く輝いた。(何か、何か切っ掛けさえあれば……ッ!)
死に直面した