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序章 - 第1話

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「どうした! 貴様らの力はそんなものなのか!!」

 戦闘の刃音が響く中、レイナスの耳に透き通るような怒声が入ってきた。

「どうやら貴様ら、日頃の鍛錬を怠っていたようだな!! 明日から覚悟しておけ!!」

 言葉をそのまま取ればただの罵声だが、しかし、これは士気を鼓舞するもの。明日がある――今日を乗り切れという激励に他ならない。ただ、実際に明日を思うと士気が下がりそうな所が難点である。

 レイナスはロナードと共に、声を張り上げ指揮をする女性、レイラに近づいた。

「レイラ大佐!!」

「遅い! 貴様ら一体何をやっていた!!」

「す、すみません!! 第一、第三騎艇小隊、ただいま着任しました!」

 レイナスは直立して敬礼する。だいぶ急いだつもりだったのだが、意にそぐわなかった様子。いや、それだけ現状が切羽詰まっている証拠なのか。
 気を取り直して、レイナスは言葉を続けた。

「大佐、現在の状況は?」

「最悪……の一歩手前といったところだな」

 見ろ、とレイラは空を指差した。当然、漆黒の空が広がるだけで何もない。そう思ったところでレイナスは気づく。闇に紛れてうごめく存在に。

「魔獣、ですか……」

 怪鳥とも呼べそうな異形の魔獣。それが空を何十体も飛んでいる。

「どうやら、辺りの空域に生息する魔獣までもが暴れているらしい」

 それが後続の魔獣。空域となると魔獣の数はほぼ無限に等しい。そんな数が押し寄せてしまえば、たちまちこの浮島は彼らに蹂躙じゅうりんされてしまうだろう。

「では、俺たちも早く……」

「いや、待て」

 レイラは空を見上げながら、眉をひそめて、

「……状況が変わったようだ」

「?」

 首を傾げるレイナスを捨て置いて、レイラは視線を移した。つられてそちらに目を向けると、一人の兵士がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

「レイラ大佐! 伝令です!」

「報告しろ」

 兵士は背筋を伸ばすと、肩で息をしながら、

「観測班からの連絡です! この高原の奥の森から魔獣の群れが向かって来ているようです!」

「……数は?」

「推定で、百体以上とのことです……」

 震えるような兵士の声に、レイナスは唇を引き締めた。

(不味いな。ただでさえ、数に押されているというのに……)

 その思いを見透かしたように、

「レイナス、貴様、現状を理解できていないようだな」

「え?」

 レイラは再度レイナスを捨て置き、

「貴様、他に報告することがあるな?」

「は、はい!」

 なぜ分かる、とそんな顔をしながら、兵士は言葉を紡ぐ。

「空から来ている魔獣ですが、どうやら近くを通った『便利屋』が間引いているようで……」

 便利屋。レイナスも知っているそれは、いわゆる何でも屋だった。物捜し、人捜し、荷物の運搬、他にも魔獣狩りなどどのような仕事でも請け負うという。遥か昔、似たような職業にギルドというものがあったらしいが、それをもっと市民に寄った――「市民のため」を信条にしたものだと誰かから聞いていた。
 レイナスはふと、便利屋業を営む知り合いたちの顔を思い浮かべた。しかし、今現れたのは彼らではないはず。数日前にトリネピアの方で仕事をしていると聞いていたからだ。

(いや、何にせよ、これはありがたいことだ)

 そう思ったのはレイナスだけではなかった。

「ここらは厳戒空域、通ってはいけないはずなのだがな……」

 レイラは呆れたように言う。でも確かに口許には笑みが浮かんでいた。

「やることは決まった! ロナード!」

 彼女は身体の向きを変え、

「貴様の隊はレイナスの部隊の兵を編入し、各所に展開している魔獣の掃討そうとうに当たれ!」

「はッ!」

 ロナードは敬礼し、すぐに動き始めた。それを目で追うレイナスに向かってレイラは、

「貴様は私についてこい! セントミラの兵を連れて、森から来る魔獣の掃討に向かうぞ!!」

「はッ! ――ですが、何故俺だけ?」

 当然の疑問。しかし、その答えもまた、当然のものだった。

「貴様は『ゲート』が使えるのだろう?」

 そういうことか、とレイナスはうなずいた。

「急ぐぞ! 森から出られたら厄介だ!! その前に片付ける!!」

「了解しました!」

 先に歩き出したレイラの背中をレイナスは追いかけた。
 作戦は迅速に開始された。
 レイラとレイナスはセントミラのゲーティア部隊と共に奥の森へ向かう。戦場となった高原を迂回し、ロナード率いる部隊の支援を受けつつ、損害もなくたどり着いた。

「総員、停止!」

 月明かりさえ届かない暗闇そのもののような森を前にして、レイラが声を張り上げた。

「ここで迎え撃つ! 鶴翼かくよくに陣を取れ!!」

 号令に従い兵士は動いた。レイラを中心にV字型に並び、森を向いて静止する。
 ほどなくして、前方の暗がりから、魔獣のおびただしい咆哮が聞こえてきた。
 レイナスは地響きで足下が揺れるのを感じる。

「総員、準備!!」

 レイラの声が地響きよりも身体を震わせる。レイナスは彼女の横で、懐から数枚の札――カードを取り出した。
 直後、敵の先頭集団が姿を現した。

「まだだぞ! まだ撃つな!!」

 兵士たちの緊張を看取し、レイラは声を上げる。
 先頭集団が森から出て、月明かりに晒された。大量の砂埃を巻き上げながら、彼らは一直線にこちらに突撃してくる。
 陣形の両翼との距離は三百メートル……二百……否、百を切ったか。
 これ以上、近づけて良いのか。そう、誰もが思っただろうその時、

「総員、放て!!」

 ため込まれた緊張を解き放つように、レイナスたちは「ゲート」を展開した。
 直後、眼前に神々しい光景が広がった。
 一同がそれぞれ掲げたカードが光を帯びると、次の瞬間、そこから様々な色の光が発生し、辺りの闇を切り払った。まばゆい光が柱状にほとばしり、巨濤きょとうの如く敵陣へと疾走し――轟音ごうおんと共に四散した。
 虹色の光の中、ある魔獣は炎にかれ、ある魔獣は氷に閉ざされ、ある魔獣は雷に爆ぜられる。直前まで迫っていた集団のみならず、後続の一群にまで及び、そのほとんどが醜悪な造形をさらに醜悪にして綻びていく。
 十数秒、たったそれだけの時間。
 光が集束し、完全に消滅すると、そこには動かぬ肉片だけが残されていた。

「状況終了!」

 レイラの掛け声と共に、歓声が上がる。
 レイナスは轟音により聞こえにくくなった耳で、その沸き立つような声を静かに聞いていた。

 別次元の境界に特殊なホールを形成し、その次元に存在する人物の力を顕現けんげんさせる技術。特殊なカードや宝石を媒介にして、他の世界の力――炎の術や氷の術といった様々な「力」を呼び出し、意のままに操ることができる。
 それが「ゲート」。
 この世界――アレスティアの力だ。

「――――ッ!!」

 空から怪鳥のような魔獣の爪がレイナスに迫る。ぎりぎりまで引きつけて、小さなバックステップでそれを避ける。できた隙を突いて反撃に転じた。右手の剣を一閃いっせん。魔獣の片翼が根元から裂ける。続いて身体をひるがえすように左手の剣を振り、奇声を発しながら地面へと落下する魔獣の胴を二つに切り裂いた。
 レイナスは肺に溜めていた空気を大きく吐き出し、呼吸を整えながら周囲を確認した。
 辺りには魔獣はいない。仲間の兵士が点在するのみだ。念のため空も確認したが、先程まで大量にいた魔獣の姿は影も形もなくなっていた。

(今のが最後か……)

 レイナスは安堵して、もう一度大きく呼吸をすると、

「第一騎艇小隊、集合!」

 号令を聞いた隊員たちがレイナスの元に集まってくる。

「持ち場の魔獣は全て片付けた! これより本営に戻り状況を知らせる! だが油断はするなよ! 周囲を警戒しつつ、魔獣を発見次第、確実に仕留めるんだ! いいな!?」

「了解しましたッ!」

「移動開始だ!」

 レイナスを先頭に、一団はレイラが待つ本営に向かった。
 ゲートを使用できる人間「ゲーティア」からなる部隊により、森から来る魔獣を掃討した後、周囲に展開する魔獣の残党狩りを行った。魔獣の後続もなく、作戦は順調に終わりへと近づいているようだ。
 本営に戻るまでの時間、レイナスは耳をすませていた。聞こえてくるのは兵士たちの足音だけ。どこからも戦闘の音は聞こえてこなかった。

(どうやら他の部隊も完了したみたいだな。これで作戦も終わりか……)

 本当にそうだろうか――ゆるんだ思考の直後、そんな考えが頭に浮かんできた。

(何を不安に思っているんだ、俺は……)

 分からないが、どことなく違和感を覚えていた。
 とくん、と心臓が一瞬きしみをあげる。
 レイナスは漠然とした不安を抱えたまま、本営へと足を動かし続けた。
 途中、他の部隊と合流し、更にまた他の部隊が合流し、一個中隊規模にまで膨れあがったところで、レイナスたちは本営に帰還を果たした。
 本営となる高原は混雑していた。この基地のほとんどの部隊が駆り出されていたらしく、大量の兵士が部隊ごとに整列して集まっている。
 レイナスは自分の部隊を集団の脇に留めさせ、報告のためにレイラを探した。
 しかし、探せども探せども彼女は見当たらない。

(……? どこに行ったんだ?)

 見れば他の隊の隊長も同じようにさ迷っていた。ここでレイナスはやっと疑問を持ち、答えを得た。何故、戦闘が終わったのに部隊が解散せずに残っているのか。報告すべき上官がいないため、判断に困っているのだ。

「レイナス」

 呼ばれて振り返れば、そこにはロナードがいた。

「ロナード。レイラ大佐がどこにいるか知っているか?」

「……詳しくは分からない。だが、どうやらドモラ准将と格納庫へ向かったらしい」

「格納庫って、エアシップの?」

 何故、今、そんなところに行ったのか。魔獣が発生したというのなら、部隊を連れて行かないのも変だ。では、何か他の理由で向かったということになるが。

「それよりもレイナス、話がある」

 改まって話題を変えるロナード。レイナスは不思議に思い、

「何だ?」

「これを見るんだ」

 ロナードは軍服の衣嚢いのうから小さな石を取り出した。  紫色とも鈍色にびいろともとれる宝石。月の光を受けて怪しげに輝いている。どこかで見たことがある気がするが、レイナスはどうしても思い出すことができなかった。

「これ、どうしたんだ? お前、こんなもの持つ趣味はなかったよな……?」

「……お前は馬鹿だな」

 見事に吐き捨てられた。

「これはつい先程、俺の部隊の人間が見つけてきたものだ。草木に隠れるようにいくつか落ちていたらしい」

「……でもそれがどうしたんだ?」

「分からないのか? よく見ろ」

 よく見たところで、やはり分からないものは分からない。

「……座学をおろそかにするからだ」

 士官学校時代のことを言っているようだ。レイナスは苦笑いで受け流しながら考えていた。

(だから見たことがある気がしたのか……)

 ならば、これはただの石ではない。そう、この独特な色合いの宝石は、確か――

「これは魔獣のアメシストだ」

 ロナードに答えを言われ、レイナスは完全に思い出した。
 魔獣のアメシスト。ゲートの力が内包されている結晶で、純度の高いものは近くの魔獣を呼び寄せ、さらに凶暴化させるといわれている。

「……そうか、これが原因か」

 レイナスは思わず呟いていた。
 どうして活動期でもないのに魔獣が暴れ出したのか。それはこの宝石が近くの魔獣を呼び寄せ、凶暴化させてしまったからだ。
 だとしても違和感はあった。地中に眠る天然のアメシストが何かの拍子で外に出てしまい、それが原因で魔獣が凶暴化して事件に発展するケースがあることは知っていた。だが、今回のような規模にまでふくれあがることはなかったように思える。
 まただ、とレイナスは感じた。また何か違和感を覚え、心臓が大きくきしみをあげる。
 規模もそうだが、他にも違和感はあった。魔獣たちは統率が取れているように思えたからだ。森から現れようとした魔獣たちは、わざわざ集団で向かって来たではないか。それは偶然なのだろうか。

(いや、そんなの偶然に決まってるか。問題は……)

 そう、問題はそんなところではない。

「何故、今日に限って……」

 レイナスは戦闘開始時に感じた疑問を、我知らず言葉にしていた。
 それを拾ったのは、ロナードだった。

「……! レイナス、すぐに隊をまとめろ」

「何故……?」

 何故? 否、それは考えるまでもない。これがもし天然のものだとしたら、偶然こんな日に地上に現れるはずがない。これは人為的に用意された物だ。今回の魔獣の騒動は、今日を狙って誰かが起こしたものに決まっているではないか。
 では、その目的は?
 それこそ、決まっている――

「――レイナス!」

 確信を得たレイナスたちの元に、ニアが現れた。辺りにいる兵士の合間を縫い、近づいたところでもつれて転びそうになる彼女。
 レイナスが手で支えて止めると、ニアは顔を上げて叫んだ。

「大変よ! 基地が襲撃にあっているみたいなの!」

 やはり、とレイナスは思い、ロナードはつぶやいた。
 敵の目的は、今日この基地に来た王女に他ならない。
 脈打つ心臓が、レイナスに更なる戦闘を確信させた。

To be continued...