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序章 - 第2話

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 左右の森から二個小隊規模のリルガード兵が現れる。基地に向かわせまいと道をふさぐように展開した。そのまま動くことなく、こちらが近づくのを敵は待つ構えだ。

「総員、戦闘準備!! このまま敵陣を突っ切るぞ!!」

 ドモラの怒声が響き渡ると、背後から一斉に応える声が上がった。
 レイナスは両の剣を抜刀し、敵を見据えた。

(この数なら……)

 敵兵の数はこちらと同程度。これなら力業ちからわざで突破できるはず。
 そう認識したのが、間違いだった。
 勢いを殺さず走って、敵陣との距離が詰まり、戦闘に入る。
 誰もが眼前に意識を集中した瞬間、

「――背後から敵襲です!!」

 後方から叫び声が上がった。

「なんだってッ!?」

 振り返ったときにはすでに戦闘は始まっていた。後部の味方が、奇襲をかけてきた敵兵と剣を合わせる。剣戟けんげきの音が鳴り響き、方々から火花が散った。

(しまった! 待ち伏せしていたのか……!)

 レイナスの推測通り、敵は動き出した。前方に展開していた敵軍がこちらに向かって進行を始めている。挟撃されるとは予想していなかったのだろう、仲間の兵士は応戦しつつもうろたえた様子を見せた。

「ええいッ、落ち着かんかお前たち!!」

 ドモラが再度、怒声を兵士たちに浴びせた。

「で、ですがドモラ准将! 敵が……」

 兵士の一人が口ごもりながら言う。彼の揺れる瞳の先、基地の方から向かってくる敵が気づけば増えている。こちらも左右の森に隠れていたのだろう。

小癪こしゃくな奴らめッ!!」

 ドモラは背中に携えていた戦斧を手に取り、

「こんなところで時間をかける余裕はないぞ! 作戦を伝える!」

 全隊に向けて叫んだ。

「後方の敵はロナードの部隊が応戦! 指揮は副隊長が務めろ! いいな!!」

「は、はいッ!!」

 ロナードの隊の副隊長が戸惑いながらも返事をする。

「ワシとレイナス、ロナードの三人は先行して基地に向かう! レイナスの隊はニアが指揮し、ワシらの援護をしろ!! 前方の部隊はお前たちに任せる! いいな!!」

「分かりました!」

 レイナスの傍らでニアが応えた。

「作戦開始!!」

 ドモラを先頭にレイナスたちが付き従い、第一騎艇小隊がその後方を覆うように展開して進軍を開始した。
 接敵までの間際、レイナスはニアに目を向けて、

「ニア、隊のみんなを頼んだぞ」

「ええ、任せて。貴方こそ、王女様を必ず護るのよ」

「ああ、任せてくれ」

 二人は同じ言葉を繰り返して、同じように笑みを浮かべる。
 そして、同時に前を向いた。

「敵陣を突破する! レイナス、ロナードはワシについてこい! 余計な戦闘は避けて先に進むことを優先しろ!! 他の者は適宜てきぎ動きワシらを導け!!」

 直後、レイナスたちは敵陣と衝突した。
 ドモラが敵の前衛に巨大な戦斧を振るう。強風を伴った攻撃は敵の剣を折り、よろいを砕き――それでも勢いはがれず、数人をまとめて払いのけた。一瞬、敵がひるみを見せる。それを機に、第一騎艇小隊の兵士がなだれ込んだ。

「行くぞ! レイナス、ロナード!!」

 レイナスとロナードはドモラを追って駆ける。行く手を阻もうと敵兵が立ちはだかると、仲間が駆けつけ応戦した。後ろから迫る敵兵がいれば、更にその後方から仲間が切り伏せて妨害を阻止する。レイナスたち三人はすでに敵を見ていなかった。
 脇目も振らずに駆け、距離にして百メートル足らずの戦場を抜け出した。

「このまま進め!! 回り込んで正面の入り口に向かう!!」

「了解ッ!!」

 レイナスたちがそう応えたと同時、視界の先で閃光せんこうが走り、爆音が鳴り響いてきた。
 見上げた先は基地の二階の窓。再度、同じような閃光が窓から漏れ、轟音ごうおんに窓ガラスが大きく揺れる。どうやら戦闘中らしい。

(もう二階に敵が……!)

 王女にあてがった部屋は二階にあった。もし彼女が動かずそこにいるのなら不味い。このまま入り口に回り込んで向かったとしても間に合うかどうか。

「レイナス、ロナード!」

 不意に、ドモラが叫んだ。

「お前たちは先に行け!!」

 言うと、彼は走る速度を急激に上げた。巨体に似合わない速さで、一直線に基地へと向かう。
 レイナスとロナードはそれを見て、互いに目配せし――ドモラに向かって駆け出した。
 ドモラは建物まで数メートルのところで足を止めると、ひるがえり腰を落とした。両手を腰の高さに広げ、手の平を空に向ける。
 レイナスたちは速度を落とさずドモラに向かい、直前で小さく跳躍した。それぞれがドモラの手に足を乗せると、

「せいッ!!」

 ドモラが二人の身体を持ち上げるように腕を大きく振り上げた。その勢いに乗って、二人はドモラの手からさらに跳躍。ドモラの身長を優に超えて、弧を描くように宙を舞い、そして――
 二人は二階の窓を突き破った。

「なに!?」

 ガラスの破砕音に紛れて、驚きの声が聞こえてくる。
 レイナスたちは着地と同時に動いた。瞬時に敵を捕捉して、驚愕きょうがくで硬直していた彼らを切り捨てていく。
 二本の剣を操りながら、レイナスは広い廊下を見渡していた。仲間の死骸が点々と横たわっている。助けられなかったという悔恨の念が胸中に渦巻いた。
 その時、背後に気配を感じる。振り返れば敵兵が剣を振り上げていた。だが、敵の腕が振り下ろされることはなかった。敵兵は声もなく剣を手放し、膝から崩れ落ちる。
 倒れた敵兵の後ろにはロナードがいた。

「……油断するな」

 剣を一振りして目を据える彼に、レイナスは笑いかける。

「背中はお前にあずけてあるはずだろ」

「……勝手な奴だ」

 ロナードは溜息ためいきをつき、身体を背けた。しかし、レイナスは見逃さなかった。いつもどおり仏頂面だが、若干口の端を上げていたことを。
 背中を向けたまま、ロナードが言う。

「行くぞ、レイナス。弔いも後悔もあとにしろ」

 言ったきり、こちらの確認もせずに足を動かし始めた。
 レイナスは一度、仲間の亡骸を見下ろして、

「……ああ、分かっている」

 深くうなずき、ロナードを追った。

 レイナスたちは王女にあてがっていた部屋の前にたどり着いた。
 音を発さないように扉に耳をつける。中から音は聞こえてこない。
 レイナスはロナードに視線を送ってから、勢いよく扉を開いた。

「……誰もいない」

 思わず溜息と共に嘆く。中はもぬけの殻だった。
 中に入り、もう一度、注意深く部屋をあらためる。天蓋てんがい付きのベッドの裏や備え付けられたクローゼットの内側も確認するが誰もいなかった。

(まさか、すでに連れ去られた……?)

 レイナスが指でかぎ爪をつくって顎にあてて考えていると、

「落ち着け、レイナス」

 ロナードが首を振って言った。

「部屋が荒らされていない。少なくともここで捕まったということはないはずだ」

「……それもそうだな」

 もし、ここで王女が連れ去られたというのなら、その護衛と敵が戦闘を行ったはずだ。その痕跡はまったく見受けられなかった。

「だったら、どこに?」

「敵兵が俺たちを足止めしたこと、それに先程の奴らが基地内の何処かに向かっていたことを考えると……基地から抜け出した、とは考えられないな」

「ああ、まだ基地内にいるはずだ」

 だとすれば、適当な場所は――

「……司令室か?」

 レイナスは確認するようにつぶやいた。
 四階建ての建物の中心、三階の中央に司令室はあった。そこは危機に陥った時のことを考え、籠城ろうじょうするための備蓄もあり、扉は重厚な金属でつくられている。敵がいかな存在であれ、簡単には突破できないはずだ。

「……行くぞ」

 ロナードに促され、レイナスは彼と共に部屋を出た。
 来た道を返し、北側の階段に向かう。
 階段についたところで、階下から騒音が聞こえてきた。すぐに怒号と何かが弾けるような音が続く。戦闘の音だ。

(たぶん、ドモラ准将だな……)

 彼に任せておけば、ここより後ろの制圧は可能なはず。
 レイナスはロナードと並んで階段を昇り始めた。
 石段に軍靴の音を響かせていると、昔のことが脳裏によぎった。
 かつて、今回のようにロナードと共に王女を救おうと行動した時のことを。
 カイゼルシュルトでは、王位継承者は十二歳になると「儀式の島」で空に誓いを立てる儀式を行うならわしがあった。数年前、王女の儀式が行われた時、側近のロジーヌが謀反むほんを起こすという事件が発生した。それを訓練兵であったレイナスとロナードが阻止しようとしたのだ。
 結果を言えば、王女は救われた。しかし、レイナスたちの功績ではない。機転を利かせたレイラとその部下により、なんとか事なきを得たのだった。レイナスはその過程で、自分の非力さを思い知った。
 そしてだからこそ、剣以外の修練を――「ゲート」の技術を修得したのだ。
 素質がなければ使うことすらできない技術「ゲート」。卓越した力を使用できるため、本来なら「ゲート」が使える人間は剣技を覚えることはなかった。
 だが、レイナスは違った。「ゲート」の素質があることを知っていながらも剣技を学ぶ道を選んだのだ。性格的に剣技の方が向いていた、親友であるロナードが剣技を極めようとしていたという理由からだった。そういった経緯もあり、結果的にレイナスは両方の技術を修得するというある種希有けうな存在になった。
 これも全ては誰かを護るため。
 自分の力で誰かを救えるようになるために。

(もう後悔しないためにも……)

 三階に着き、廊下を渡る二人。自然と足音を殺すように動いていた。
 しばらく進み、曲がり角に差し掛かったところで二人は停止した。
 この壁沿いに司令室はある。
 レイナスは壁に張り付き、顔だけを出して曲がり角の先を確認する。

(……開いている?)

 司令室の外開きの扉が限界まで開かれていた。

(ここにはいないのか……?)

 その疑問がただの楽観的予測にすぎないことは、脈打つ心臓が教えていた。

(とにかく、中を……)

 そう思った時だ。
 部屋から閃光が漏れだし、轟音が鳴り響く。

(これは「ゲート」の力……!!)

 レイナスは司令室に駆け寄った。
 部屋の外、開かれた扉に背をつけて大きく呼吸をする。何かの異臭――いや、知っている。これは肉が焦げる匂い――が部屋の中から漂ってきていた。

(まさか、王女様……!!)

 覚悟を決めて、慎重に部屋の中を盗み見る。
 レイナスは目を見開いた。
 視界に飛び込んできたもの。
 それは、部屋の奥で横たわり、長い黒髪を床に広げている王女の姿だった。

To be continued...